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さっぽろのあらまし
「さっぽろ」という名前
「さっぽろ」という名前は、何を元に生まれたのでしょう?
北海道に昔から住んでいた、アイヌ民族の言葉で、「サリ・ポロ・ペッ」(そのあし(※)原が・広大な・川)だという説や、「サッ・ポロ・ペッ」(かわいた・大きな・川)とする説など、さまざまな説があります。
※あし:水辺に生える、背の高い草の名前
さっぽろのれきし
今から150年以上も前、わたしたちの住む北海道は「蝦夷(えぞ)地」と呼ばれていました。
今の「北海道」という名前に変わったのが、1869年(明治2年)。このとき北海道に、開拓使(まちを作るための役所)が作られ、さっぽろのまちづくりが始まりました。
そこにやってきたのが、島 義勇(しま よしたけ)です。島義勇は、北海道の中心となる大都市を作るための計画を立て、今のさっぽろの基礎を作り上げました。
それから道路や鉄道が作られ、さまざまな産業が生まれ、さっぽろのまちはどんどん大きくなってゆきます。
1922年(大正11年)にはそれまでの「さっぽろ区」から今の「さっぽろ市」となり、1970年(昭和45年)には、人口が100万人を超える大都市となりました。
写真:島義勇の像(さっぽろ市役所1階ロビー)
さっぽろ市の広さ
今の広さは1,121.26km2(平方キロメートル)。大和ハウス プレミストドーム(札幌
ドーム)20,000個以上の大きさです。
さっぽろ市の人口
さっぽろの人口は190万人を超え、北海道全体のおよそ3分の1。市町村では、横浜、大阪、名古屋に次いで4番目です。
さっぽろの花・木・鳥
さっぽろの花は「スズラン」、さっぽろの木は「ライラック」、さっぽろの鳥は「カッコウ」です。
1960年(昭和35年)11月に、市民のみなさんの投票により決まりました。
花 スズラン

木 ライラック

鳥 カッコウ

札幌市民憲章(さっぽろしみんけんしょう)
札幌市民憲章(さっぽろしみんけんしょう)とは、私たちさっぽろ市民が、さっぽろをより豊かで、明るく、住みよいまちにするための思いを表したものです。
- 前章:わたしたちは、時計台の鐘がなる札幌の市民です。
- 1章:元気ではたらき、豊かなまちにしましょう。
- 2章:空も道路も草木も水も、きれいなまちにしましょう。
- 3章:きまりをよくまもり、住みよいまちにしましょう。
- 4章:未来をつくる子どものしあわせなまちにしましょう。
- 5章:世界とむすぶ高い文化のまちにしましょう。
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